〜1〜 憧れの人、憧れた人


掻きたてられる欲望は官能
誰もが欲しがるその果実

味わえるのは ただ一人




――秋も深まり枯れ葉も舞い散る頃。
 H大学体育堂、部活更衣室。
 学生でごった返す更衣室を抜け体育館へとやってきた仙道彰はバッシュを置くと自らも腰を落とした。
 仙道のいつもの日課、シューズの紐を結ぶ手に視線を移し一点をジッと見つめ集中力を高めていく。履き終ったときにはすっかり集中しているというものだった。
 「仙道、最近調子いいみたいだな。」
 背後からかけられた声にも覚醒するようにゆっくりと頷くと仙道は紐のしまり具合を確かめるように立ち上がった。
 「そうでも無いですよ、牧さん。だって未だに牧さんからスタメンの座を奪えないんですから。」
 足をトントンと突きながら冗談めかしに言う仙道の瞳に本気の光りを感じ、牧は苦笑した。
 「まだ、世代交代は早いんだよ。」
 H大学のバスケ部は流石に大学の中でも名門だけあってそれぞれのポジション争いは熾烈。よって二年牧と一年仙道は同じバスケ部で同じポジションを争う好敵手。
 今の所、他メンバーには牧がスタメンで仙道が控えと認識されてるのだがそれはいつ逆転してもおかしくないほど実力は同等だったのだ。
 「集まれ。」
 練習の始まりを告げる主将からの号令に全員が動きを止め集まっていった。



 一人残り、自主練をしていた仙道は守衛さんにおん出されてしまい家路の帰途へとつくため校内を抜け校門に来たところで声をかけられた。
 「仙道じゃないか。」
 聞き覚えのある声に呼び止められ仙道が振り返るとそこには当時と変らぬ笑顔を浮かべた彼の人立っていた。
 「ふ、じまさん?」
 翔陽の背番号四番、藤真健司その人・・・。

 「久しぶりだな。新人戦以来か?」
 新人戦はこの五月に開かれたもので大学入りたての仙道が初めて出た公式戦でもあった。
 「あれ?たしか藤真さんは・・・?」
 「うちの一年はだらしなくて一回戦ですぐ負けたんだまったく応援する間も無かった。けど牧と仙道の勇姿は観戦させてもらったよ。」
 「そうなんですか。」
 「比較して情けなくなった。俺も出たかったのに!もちろんその後一年はたっぷり搾ってやったけどな。」
 冗談とも本気ともつかない笑顔で言う藤真に仙道は笑って返した。
 「それはそれはご愁傷さまです。」
 「当然だ。仙道の方はこの一年で大分力をつけたみたいだな。全然身体がなまってないみたいだからさては受験勉強なんかしないでずっとバスケしてたろ?」
 「わかりますか。」
 「そりゃ見ればな。」
 軽い世間話なのに藤真の鋭さに仙道は気が抜けないと改めて思った。
 「まぁ、同じ大学に入るのは夏の時点で内定してましたから毎日バスケ漬けの牧さんに差を広げられたくなかったんで。」
 「なるほど、俺は眼中になしか。」
 「まさか!藤真さんとも大いに対戦を楽しみにしてます。」
 「しかし、H大学も良くわかんないよなぁ〜俺が監督なら仙道も牧も一緒に使うけどな。」
 「それなら藤真さんがうちの大学の監督になってくださいよ。」
 「冗談!個性が強すぎてとても手に負えない。」
 そこまで話したところでフッと思い仙道は疑問を口にした。
 「藤真さん、今日はどうしたんです?こんなところまで。」
 「ああ、人を待ってたんだ。」
 口ごもり告げる藤真に仙道はピンと来て訊ねた。
 「ひょっとして恋人ですか。」
 「そうなんだ。」
 藤真の少し照れたようなはにかんだ表情に仙道は見知らぬ胸の痛みを覚えたがそんな痛みも無視して笑顔で言った。
 「お迎えですか。それなら邪魔でしょうから失礼しますよ。」
 「ああ、またな。」
 「それじゃあ。」
 笑顔で返された藤真の別れの言葉に後ろ髪ひかれながらも更なる胸の痛みを感じ仙道は真っ直ぐ家へと向かった。
 こんな日はこころ穏やかな安息を求めて。



 「悪いな、教授に掴まって遅くなった。」
 すまなそうに片手で謝る仕草をする男に藤真は笑顔で頷いた。
 「いや、そんなに待ってないよ。それに今まで仙道と話してたしからな。」
 「仙道?こんなに時間にか?」
 男は腕時計を確かめると練習終了から随分時間が経っていた。
 「誰かさんからスタメンを奪うために自主練でもしてたんじゃないか。」
 藤真のからかうようなその言葉に男は苦笑して答えた。
 「どうかな。あいつはお前と一緒で一度集中力が最高潮まで高められたらそう簡単に途切れないからクールダウンさせるのに時間がかかるみたいだ。」
 「そうなのか。」
 感心したような呟きを上げる藤真に男は頷く。
 「ああ。」
 「誰かさん余裕に構えてるけど仙道にスタメン取られたら俺は即、別れるからな。」
 含み笑いを浮かべた藤真は宣言して歩き出したので男は慌てたように腕を伸ばし藤真の腕を掴んで言葉を返した。
 「おいおい、それとこれとは話が別だろう。」
 「いいや、別じゃない。」
 笑顔で言い切って軽く振り払うとまた歩き出しす。
 すると今度は男の予想外に強い力で掴まれ藤真は驚き振り返った。
 「別だ。仙道は関係ない。」
 男の真剣な瞳とぶつかり藤真の瞳はひとりでに揺らいだ。
 「・・冗談だ・・・。」
 藤真がポツリと一言呟くと男は腕を静かに離し・・・。
 「すまなかった、帰るか。」
 「ああ。」
 気を取り直しまずい雰囲気を払った男は優しく微笑みそして訊ねた。
 「藤真、明日は休みだから今日は泊まって行けるんだろう。」
 男が一人で暮らす部屋、そこへは藤真も前から頻繁に足を運んでいた。
 けど男とこういう間柄になってから泊まりに行くのは初めてなので理由をつけては避けていたのだ。
 「いや・・・、その事で言わなくちゃいけないことが。」
 「なんだ?」
 「明日は急に出になったんだ・・・。」
 「それなら家から行けばいい。」
 男の言葉に困ったような笑顔を浮かべる藤真。それを見て男は小さくため息をつくと藤真に告げた。
 「わかった、俺の負けだ。悪かったな藤真困らせて今日はこれで・・・。」
 スッと頬へ手を伸ばし優しく撫でてから包み込み顔を上げさせると触れるだけのキスをした。
 「これ以上は・・・我慢しきれなくなるからな。」
 そう言って男は藤真と並んで歩き始めた。
 踏ん切りがつかずびたび男を拒む自分に自己嫌悪する藤真はそっと心の中で男に誤りながら明日は世界が変っていることを願って今夜は共に歩いた。







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